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709-0451 岡山県和気郡和気町和気265
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施設見学も可能です。まずは、ご連絡ください。

過去の活動報告

通所リハビリです

先日、冬に向けて一足先に、毛糸の帽子が完成しました。

編み物が好きだった方ですが、手が不自由になり、棒針やかぎ針では編み物をする事が困難になられました。そこで、手のリハビリも兼ねて、木で作られた円形の突起のある物で編み物にチャレンジしてみようと言うことで、始められました。

突起に一本ずつ引っかけて行くことで、棒針で編むようなゴム編みの編み目になります。最初は、ただ編んで行く中で、何ができるか本人さんも全く予想が出来ず、ただ編み進めておられました。「マフラーになるんかなぁ?」「腹巻きかなぁ?」職員も、本人さんも、想像をふくらましていました。編む事約一ヶ月。何が出来たかと言いますと、なんと!!毛糸の帽子になりました。
毛糸の帽子になるとは想像が付きませんでした。色を変えて作った部分が、帽子の裏地に…端を編み針で閉じ絞ることで頭の先になりました。梵天(ぼんてん)を付けて初の完成品が出来上がり、職員も本人さんも嬉しくなりました。「普通に手のリハビリをするのもいいけどこうやって物を作って形になるリハビリもいいわ」と話されていました。


今度は、白い毛糸で二作目を編み始められています。ひと編みひと編み丁寧に、例え手が不自由でも、根気があり、がんばり屋のMさんを私たち職員も見習って頑張って行きたいと思います。

 


入所2階です

花便りも伝わる今日この頃、皆さんどうお過ごしでしょうか。


春が来ていると思えば春一番の冷たい風が身に染みて、真冬に戻ったような日もありますね。
 

今月はお花見会がありましたが、全員の方が参加されるわけではないので、
お花見会に参加されない方は職員とお花見を兼ねて散歩に出かけました。
 

まだ寒いので毛布を膝にかけて、15分から30分程度の散歩です。
 

エスペランスの隣の小学校の桜は満開でとても綺麗なので最初は「寒い、帰ろう」と言われる方も桜の下までくると「満開じゃがあ、きれいじゃなあ」と笑顔で喜んでくれました。
 

隣の小学校の先生方がお花見会をされていて「いいなあお花見をしょんじゃなあ」と話をしたり、近所の方と挨拶をしたりととても楽しい散歩になりました。
 

施設に戻ってからも「キレイじゃったなあ」と外の空気に触れて気分転換になったのかとても素敵な笑顔で話してくださいました。やはりずっと建物の中にいると季節感も感じることが出来にくいので、こんな機会をもっと作って行きたいと感じました。
 

これからは桜は散って葉桜となりますが、暖かくなって散歩にはちょうど良い季節になるので積極的に散歩にお誘いしたいと思います。
 

 


『私の生き方ノート』ってご存じですか?

 最近、終活と言う言葉を耳にします。ネットで調べると、人生の終わりのための活動・人間が人生の最期を迎えるにあたって行うべきことを総括したこととありました。

 先日、利用者様へ『私の生き方ノート』を紹介しました。その方は身寄りが少なく、だんだん認知症の進行が見られており、もしもの時はどうして欲しいのだろうか、亡くなった時のことはどうしたら良いのだろうかと気になっていました。終末期のことをどう本人に聞いて良いのか分かりませんでしたが思い切って、尋ねることにしました。しかし、上手く質問する自信が無かったので、「こんなのがあるけど、書いてみる?」と紹介したのが『私の生き方ノート』です。


 今の自分の気持ちを書き留めておくノートです。自分で判断出来なくなった時や亡くなってしまった後のことについて希望を書き残しておきます。もちろん家族のことやどんな人生を送ってきたのかも書いていきます。
 医療・介護・財産・葬儀のことなど法的に確立したものではありませんから、途中で書き換えることもできます。記入していただいた中で、医療について項目の延命措置はして欲しくないという項目にチェックがありました。そのため、本人に、「確認なんだけど、もし意識が無くて、気持ちを聞けない状態になった時に、私達はどのようにしたら良いの?」と聞いてみました。すると、「管には繋がないでほしい。しんどい思いは嫌なの。」と言われました。じゃあ、このノートを先生に見てもらいましょうと言うことになり、主治医の先生にお伝えすることになりました。
 その方と生き方ノートの一つ一つの項目についてお話をしました。「もう高齢者です。人間はいつか死ぬものです。私の中でもやもやしていたし、誰に相談したら良いか分からなかったの。こんなことまで心配してくれてありがとう。」と言って下さいました。自分の最期について、向き合って真剣に考えて書いていることが伝わってきました。私は、「心配して不安だったんですね。じゃあ、これからいろんな気持ち・どうしたいのか、思いをしっかり聞かせて下さい。」と話を続けました。終末についての思いを聞かせてもらい、ご自分の終末について考えることができるその方の強さ・たくましさを感じました。その思いを大事に大切に取り扱わないといけないと思いました。

三月二十一日(金)さん太ホールで『誰でも訪れる人生の最期について考えてみませんか』と題して、在宅医療に力を入れているお医者さんの講演とエンディングノートという映画の上映があります。


詳しいことについてはケアプランサービスわけまでお問い合わせ下さい。終活について興味の有る方是非、ご参加下さい。

 


あけましておめでとうございます

皆様、明けましておめでとうございます。エスペランスが開設して二十年が経過しました。長いようで短い年月でした。この間に私も年を取り、団塊世代の私は今年で六十五歳の高齢者となります。介護保険証もとどくので、還暦の時以上に、なんだかとても複雑な気持ちです。
 皆さんは、美咲町吉が原に「柵原ふれあい鉱山公園」というのがあるのをご存じですか?鉄道マニアが集まる公園で有名です。ここでは片上鉄道保存会が月に一回、実際に昔の車両を運転するのです。この鉄道は現在三百メートルの区間を走っているのですが、今ボランティアが、さらに百六十メートル伸ばすための工事を行っていて、来年の三月には新駅(新美咲駅)も誕生するそうです。
 私が和気に移り住んだのは、昭和四十七年。その頃の和気町は賑やかでした。駅前には活気がありました。和気駅は要所だったんです。片上鉄道は備前から柵原まで運転をしており、和気が山陽本線とつながる駅だったのです。当時は今のように岡山駅までは5つしか駅がありませんでした。山陽本線には急行が走っていて、岡山を出ると、瀬戸の次が和気でした。時間も早かったです。ところが、これがくせ者で、岡山で飲んで、電車に乗ると、ついつい居眠りをします。急行の最終に乗ると、気がつけば和気を通り越し、姫路まで乗り過ごし、帰る電車がないのでホームで過ごしたことも何回かありました。携帯電話もなく連絡不能だったんです。懐かしい時代です。
 駅前はアーケード街があり(今はすっかりサビれていますが)土、日は人で賑わっていました。土曜夜市には多くの人であふれ、お店も流行っていました。電気屋も、おもちゃ屋も、文具店も衣料店も・・。今では想像がつきませんね。
 岡山から電車で帰ると、和気駅には片上鉄道が停まっていました。ブルートレインが二両つながり、先頭のディーゼル機関車がゴーッと音を上げて走り出します。ゆっくりと、のんびりと片上鉄道は走るのです。わずか三分ほどで本和気駅に到着します。それが今の北川病院の裏口当たりです。その次は益原駅です。多くの人が利用していました。
 北川病院の周りにもお店がありました。鉄板焼き屋さんは二軒、ラーメン屋や、小僧寿司の店もありました。スーパーマーケットも便利でしたね。そしてボーリング場も近くにあり、マイボールやマイシューズを持って、自転車でよくゲームをしに行っていたことを思い出します。
 時代も変わりました。便利になったところもあるし、高齢者にはとても不便になったところも。今はすっかり自動車の時代になったので、鉄道を利用する頻度も少なくなったのではないでしょうか。でも根強く鉄道ファンがいるというのは、鉄道には、夢や、わくわくするような旅行気分を味わえる風情がある。のんびりと風景を眺められるということで頷けます。片上鉄道保存会の皆さんにはぜひ昔の姿をいつまでも残すよう、がんばってほしいなあと思います。
 今年は佐伯のりんご園に上がり、久しぶりに初日の出を拝みに行きました。運がよく、雲の中から真っ赤な太陽が上がってくるのが見えました。厚い雲に覆われてたので見えないかと思った矢先でした。とても幸運でした。高齢者一年生はこれで今年もしっかりがんばれる運気をもらったような気がしました。一年健康で過ごすことができればいいなと願っています。
 エスペランスは、今年は認知症である方々への支援と生活を改善するためのリハビリテーションを積極的に取り組んでいこうと思っています。高齢になって、介護状態になっても人間復活をしてもらえる。そんな努力をしていきます。
 最後に、高齢者には「キョウヨウ」と「キョウイク」が大切だそうです。これは「教養」ではなく「今日用(がある)」。「教育」ではなく「今日(どこかへ)行く」なのだそうです。いつも前向きに私も「キョウヨウ」と「キョウイク」を大切にしたいと思います。


二十年を振り返って  

 師走に入り今年も残すところ一ヶ月を切りました。時の早さを感じこの一年にやり残したことはないかを考えると自問自答するのもこの節目の月でもあります。

 

 さて、十二月はエスペランスわけも大きな節目になり二十周年を迎えることができました。平成五年十二月一日の開所当時を振り返りますと東備地域には老人保健施設は無く当法人が最初の開設でした。その頃は近隣に点在している施設と言えば特別養護老人ホームや養護老人ホームしかなく性質の違う新しいタイプの施設のため私達も老人保健施設についての理解が不十分で学びながらスタートしました。

 

  その当時は、老人保健制度の下で利用対象者は病状が安定している六十五歳以上の病弱な寝たきり老人または病弱な寝たきりに準ずる老人及び認知症の状態にある方が該当し、施設の判定により利用が決まりました。入所からの期間には制限があり、三ヶ月毎の継続判定を行い最長でも原則六ヶ月の入所期間と言われたのもこの頃の制度の流れからで通過施設とした在宅復帰を押し進めるために医療とふ介護を一体的に提供し、リハビリテーションを付帯していることは他の施設とは大きな違いがあります。

 

 また、通所サービスやショートスティなどの在宅サービスの提供ができるのも老人保健施設の最たる特徴で介護保険制度が無かった時代には最先端の介護サービスでした。しかしながら社会的背景には施設を利用することに罪悪感を持つことが根強くあった頃ですので施設のイメージはなかなか払拭できませんでした。

 

 

 介護事業に大きな変革があったのが平成二十一年四月に介護保険制度が施行してからです。要介護認定など利用の流れが大きく変わり、介護サービス提供事業所も増え介護が多様化するなかで小規模多機能型居宅介護などの新たなサービスも加わりました。介護保険で賄い介護を個人的な問題にしないで社会全体で支える制度は介護サービスを利用する意識も権利意識へと変わっており社会全体に浸透して来ました。

 

 老人保健施設も入所期間の制限がなくなり施設での看取りも可能になりましたが在宅復帰を目的とした通過施設には変わりありません。

 

 

 当法人の介護サービスも拡充し職員も百人以上の規模になりましたが施設の二十年間は地域に支えられ多くのご利用者の方々との晩年を共に歩み多くのことを学びました。介護は人と人との繋がりで成り立ち情動に寄り添う心が必要だと強く感じます。

 

 これからも初心を忘れることなく介護事業の運営方針である「明るく、あたたかく愛をもって」をスローガンに心の通う介護サービスを展開して行きたいと思っています。

 今後、介護保険制度の改正があり地域の支援体制が重要になります。当法人も地域に根ざした施設としてその役割を果たすべく職員一同、心をひとつにして運営して参りますので来年もどうぞ宜しくお願い致します。

 


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